金スマ放送!浜崎あゆみ・話題の本「M」作者が語るmax松浦との禁断愛・破滅・明かされる過去


金スマ浜崎あゆみ・話題の本「M」作者が語るmax松浦との禁断愛・破滅・明かされる過去

 

この記事は、2019年10月11日金曜日放送の金スマで放送された内容を記載しています。見逃した人でもすぐわかるので読んで下さいね。

浜崎あゆみ話題の本『M愛すべき人がいて』のノンフィクション作家小松成美さんが語る明かされる過去・破滅・マックス松浦との禁断愛とは!?

ベストセラー&ドラマ化も決定!!しています。

浜崎あゆみはデビュー当時事務所社長と交際関係にあった・・・という衝撃の事実。

 

もしも誰かに『今回の人生で一生に一度きりだと思えるほどの大恋愛をしましたか?』と問われたならば私は何の迷いもなくこう答えるだろう。『はい、自分の身を滅ぼすはど、ひとりの男性を愛しました。』と。

M愛すべき人がいてより

19歳からデビューして2年間生み出されたラブソングは全て事務所社長松浦に向かられたものだという。

 

余談ですが、『M愛すべき人がいて』という本はオファーがあり、書かれた本なんです。取材時間はなんと1年間!!!

 

浜崎あゆみと松浦社長にそれぞれ取材したり、2人一緒に取材したときもあるんだとか!!


プロデューサー松浦との出会い

あゆは、六本木にあるアジア最大級のディスコ「ヴェルファーレ」に当時息抜きとして通っていました。

あゆは、上階にあるVIPルームに憧れていました。顔見知りになったスタッフの紹介で特別にVIPルームに入れさせてもらいました。

そこで出会った人物が・・・当時avexの専務松浦さんでした。

当時あゆはこう振り返ります。

max matsuuraが仕掛けたヒット曲の数々を、聴かない日はなかった。カラオケに行っても、どの部屋からも、そのヒット曲が流れていた。日本の音楽業界を変えてしまうほどの熱波となって、人々の心を包み込んでいるプロデューサーがこんな若いなって・・・

「M愛すべき人がいて」より

年齢差は14歳。これが無名タレントと敏腕プロデューサーと運命の出会いでした。

専務が携帯を取り出す姿がスローモーションのように見える。「これが俺の番号だから」日本一有名なプロデューサーに会って、名前と番号を聞かれたとうことに、私はただ舞い上がった。

「M愛すべき人がいて」より

 

この出来事をきっかけに事あるごとにあゆを呼び出し、なぜか仕事の打ち合わせや商談に立ち会わせるようになりました。

また、ある時には会食にも同席させるようになりました。そんな時よく口にしていた内容が「日本のエンターテイメントの未来について」

 

この会話の先にある曲やダンスを創造するだけで胸がいっぱいで、心がじんじんと熱くなった。そして、こんな何者でもない私がなぜここにいるのか、と自分に問いかけた。

「M愛すべき人がいて」より

 

そんな中2人でいるときには、あゆは無理やり歌わされることも。

必死に歌うも松浦は感想を言うことはなかったのです。

2人の謎の関係はそのあともずっと続きました。

あゆの中で松浦の隣にいられることが、一番楽しい時間になっていったのでした。

浜崎あゆみは16歳で芸能界入り

浜崎あゆみはシングルマザーの母親を支えるために大手事務所アにスカウトされ芸能界に入りをしました。

しかし、当時は歌手としてではなく仕事はドラマのエキストラやグラビア撮影ばかりでした。

結局全く売れず、事務所の契約も解消になりました。

そのことを松浦に報告すると本気で心配をしてくれたという。

父親のいない三人の生活は私の大切な日常で、おばあちゃんと母親のために働くのは自然なことに思えた。

ぜんぜん売れなくて、夢もなくて。やりたい。と力んでいえることもなくて。

「M愛すべき人がいて」より

浜崎あゆみが歌手へ

タレントとしての道も途絶えたとき、松浦は「俺がお前を歌手にする」、「俺を信じろ」とあゆに言います。

その短い言葉を聞いた瞬間、私の瞳からは涙が溢れ出していた。地元の銀行のイメージガールになって、上京し、モデルやドラマに出ていただけの私があの人のもとで歌手になるなんて・・・。もう後戻りはしない。私はこの人の言葉を信じる。

「M愛すべき人がいて」より

こうして、あゆの再デビューが決まりました。ここから2年間に渡る松浦との「禁断の恋」が始まりました。そして、歌姫としての絶頂2人の破滅も始まるも始まるのでした。

浜崎あゆみへの逆風

業界関係人や経営陣からは、あゆは「売れない」と評価しました。

ふと専務がどうしているのかと思い、その様子を目の端でうかがうと、テーブルの下で握った手のひらがゆっくり拳になって、少し震えているのが見えた。大きな反発が、怒りが、そこにはあった。それが嬉しくて、私は何を言われても平気になった。

「M愛すべき人がいて」より

 

周囲があゆのデビューを反対する中、松浦だけがあゆの才能を信じ続けました。

すると、このころからあゆはある感情が芽生え始めました。

はいつも守られている。世界一尊敬するプロデューサーに、恋をしたその人に。溢れ出る想いをこれからどうすればいいのか、と途方にくれた。

「M愛すべき人がいて」より

仕事に恋愛感情を知られたら軽蔑されるのではないかと

あゆは恋愛感情を封印するしかなかったのです。

浜崎あゆみの才能を開花させるきっかけとは

松浦の提案によって作詞を命じられました。

私は、私が恋をしているその人に宛てて書くことにした。歌詞なんかではない。本当の気持ちを綴った手紙を。

「M愛すべき人がいて」より

それは作詞と称した松浦へのラブレターでした。こうして、うまれたのがデビュー曲「poker face 」なのでした。

デビューして、これから芸能界で戦っていくことを決めたあゆは、自身の恋心を松浦に隠していることに限界を感じ、松浦にあるFAXを送ります。

専務へ 一生隠しておこうと決めていたのですが、告白します。あなたが好きです。もちろん、あなたにとって私はプライベートな意味で必要な人間ではないともわかっています。だから、今日限り、あなたを諦めます。ここから、あなたがこの世界に生み出したアーティスト浜崎あゆみは、プロデューサー max matsuuraと歩んで行きます。

 濱崎歩

ここから、松浦はあゆを受け入れて、2人は付き合うことになりました。

あゆの2年間のヒットラブソング松浦に向けられるものとなります。

歌手としての絶頂

ここからあゆと松浦が曲を生み出して、次から次へと大ヒットを記録していきます。

あゆの大ヒットでavexは急成長を遂げ、利益の半分以上はあゆ一人の売り上げでした。


松浦との破滅

あゆが大ヒットすると、松浦日本の経済を握る存在となり、松浦はそのプレッシャーからお酒をたくさん飲むようになり、二人に溝が生まれ始めました。

そこで二人は破局を迎えます。

「二人で作り上げた“浜崎あゆみ”は、マサにも、あゆにも、手に負えないモンスターになってしまったね」

「M愛すべき人がいて」より